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友達と裸になれますか?

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 日本には「裸の付き合い」という概念がある。これはお互いに服(=建前)を身につけないで話すことができる関係であることを示す。主に男性の友人の間で使われる言葉である。男女間で使ったら変な意味に聞こえてしまうだろう。

 しかし、日本人なら友人と一緒に温泉に行き本当の「裸の付き合い」をすることも多い。というわけでイタリアで男性の友人をSPAに誘ったところぎょっとされて「ごめんな、君のことは尊重するけど、おれはそういうのじゃないんだ」と言われた。そう、どうやら彼は私のことをゲイだと思ったようだ。

 ノリの悪い奴だと思いながらSPAについてみると理由が分かった。自分以外全員金持ちのイタリア人のカップルだったのだ。お風呂には紫と赤色のライトが照らされてなんとも妖艶な雰囲気である。そしてその周りには水着のカップルが談笑しながらシャンパンを飲んでいる。ドラマ「ローマ」の一幕のような光景だ。まぁ私が住んでいたのはミラノなのだが。

エレガントなカップル達の真ん中で一人浮かんでいる私はまるで、イルカの群れの中に迷い込んだ一匹のアザラシのようであった。

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 普通日本のSPAというのはこんな大人の雰囲気ではない。毎日同じ時間に風呂に入っているおじいさんや喧嘩している子供がいる家族のための場所だ。そのためこんな隣でカップルがキスしているような環境じゃ、全くくつろげないと悶々としてしまった。この公衆浴場の文化においては我々極東のアジア人のほうが栄光のローマ人に近しいと信じて私は疑わない。

 ところでヨーロッパ人の裸への拒否感は日本人の私には興味深い。大体日本の父親は家では下着で歩いているし、家族にそれを見られても恥ずかしいという感覚はない。お祭りのときに服を脱ぐ人間もいるが逆に「男らしい」と考えられるくらいだ。

こんな芸人もいるが、母親も「いやぁね下品だわ!」と言いながら大笑いしていた。

 しかし、実際にヨーロッパに行ってみると確かにみんな服を脱がない。田舎に行っても服を脱いでいるおじいさんがいない。たとえば私の祖母が生まれた村には13人の兄弟がいるが、そのうちの一人(祖母の兄)が村の入り口で待っていた時、彼はパンツしかはいてなかった。東京生まれの私にとって衝撃だったが、「ここは私たち家族の村なんだから家の外も庭のようなものだ」と言われて納得した。だが、イタリアにもスペインの田舎にもこんなおじさんはいない

 後で私の大学の神父に聞いたところキリスト教の文化があるから裸を恥ずかしく感じるのではないか?と言っていた。たしかに言われてみればそうだ。アダムとイブは裸だったが、リンゴを食べてそうではなくなった。だとすれば、日本人はリンゴを食べなかったのかもしれない。

たしかにアジア人には見えない。

 実は日本が服を着るようになったのは150年くらい前からだ。それまでは男女共に裸が見られることが恥ずかしいという感覚は庶民にはなかった。そのため明治時代にヨーロッパ人たちが海を見に行くと裸の男女が丁寧にお辞儀していてびっくりしたという記録が残っている。そのヨーロッパ人たちはきっと日本人を”卑猥で礼儀正しい人たち”だと思っただろう。

 価値観の違いというのは恐ろしい。当時の日本では「性的な欲望がないことのために服を脱ぐこと」は普通のことだった。例えば海で泳ぐために服を脱ぐことは問題ない。なぜなら目的が性的なことではないからである。そのため全裸で泳いでいる女性や、暑いからふんどし一丁になって働いている人もいた。

 ところが逆にヨーロッパ人がエレガントなドレスを着てくると日本人の女性は「体のラインが見えるのでいやらしい」といったという。異性に美しくみられる服を着ることは「異性に自分の体を見せる」意図を含むため淫らだと思われたのである。これはセクシャリティーの定義が日本人とヨーロッパ人の間で完全に異なることを表している。

 だが当時の日本の風習が絵と一緒にヨーロッパに紹介されると日本人は「淫乱なアジアの野蛮人」という理解され、欧州人は「こんな野蛮人は条約を守れるはずはないから、彼らと公平な関係は求めない!」と言い始めた。当時近代帝国になることを目指していた日本政府はこのニュースにショックをうけ、服を脱ぐことを規制する法律を作った。ヨーロッパ人のような考え方をすることによってヨーロッパ人に受け入れてもらおうとする考え方があったのである。そのため今日、全裸で海を泳ぐ人は日本でも見かけられない、”酒を飲んでいなければ”

 酒を飲んだ日本人ほど厄介な人間はいない。いまだに酒が入ったことで服を脱いで踊りだす人間はたまにいて年末のパーティーでは伝統の裸踊りを入社したばかりの社員はするという伝統を持っている会社もまだある。彼らは結婚式で裸で踊り、飲み会で裸で踊る。法律では規制されたがまだ裸の文化は生きているようだ。

 そういえば3年前、イビサに行ったとき、ヌーディストビーチを見つけた。日本には150年前からあったと思うと当時どちらがより近代的だったのだろうと考えてしまう。案外日本のほうなのかもしれない。

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Photo by Domenico Bandiera on Pexels.com

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