フェミニズム

なぜ日本の歌はキスについて歌ってはいけなかったか?-(1)

cheerful elderly man listening to music in headphones

この記事を覚えているだろうか?

日本という国は先進国の中で最も男女格差が大きな国だ。ところが今年、このレポートが更新され日本の新しい順位がわかった。さぁ見てみよう。

WEF_GGGR_2021.pdf

なんと120位である

ということで、相も変わらず男女格差に関しては引き続き先進国最下位を突き進みそうだが、私は一つ疑問があった。

日本のジェンダーの意識は何も変わっていないのだろうか?

毎年、男女平等ランキングには変化がないが私は若者の恋愛観が少しずつ変わっていることを知っている。なら少しずつだが日本社会もこの問題に関して改善しているのではないか。

このような疑問を持った私は今日、日本のヒットソングの歌詞に注目して1930年代から現代までの日本の男女の恋愛観がどのように変わっているのか調べてみようと思った。

このように考えた理由は歌が若者の物であることに起因する。なんせヒットソングを聞くのは多くは若者で、その歌は恋愛について書かれている。つまり、各時代の歌詞に注目すればどのような恋愛観を若者たちが持っていたかわかるはずなのである。さぁ、日本の恋愛の歴史を一緒に学んでみよう。

~1945 恋愛が存在しない時代

第二次世界大戦が終わるまでの日本には現代的な恋愛というものは存在していなかった。ほとんどの人が親の紹介によって結婚し、自分で結婚の相手を探すのは淫らなことだと思われていたからだ。もちろん結婚していないならキスハグもない。具体的なデータを見てみよう。

このグラフは青が親の紹介による見合い結婚、そして赤が自分で相手を探す恋愛結婚の比率を表している。

1935年は13%しか
恋愛結婚をしていない

日本では左利きの人間は人口の11%と言われている。つまり当時は恋愛結婚をした人間は左利きの人間を見つけるくらい珍しいことだったのだ。

さて、このような時代のヒットソングを調べると今では普通だと考えられる歌詞も「卑猥だ」と受け取られるようになっていることがわかる。

月が鏡であったなら
恋しあなたの面影を
夜ごと映してみようもの
こんな気持ちでいる私
ねぇ忘れちゃいやヨ、忘れないでネ

この歌詞で若者の間に人気になった渡邊はま子の「忘れちゃいやヨ」は政府によって「不道徳で淫靡な売春婦が歌うような歌」としてラジオでの放送を禁止されている。

愛とは結婚をした後に生まれるものだと考えられていた時代、結婚していない相手に対して恋愛感情を持つことはふしだらなことであるとみなされ、なおかつ女性がそのような歌を歌うことは売春婦のような行為だと思われていたのは非常に興味深い。

さて、この時代の日本は厳格なムスリム国家に近い価値観を持っていたようだが第二次世界大戦が終結すると状況は変わってくる。

1945~1965 恋愛が生まれる時代

1945年、第二次世界大戦が終結し日本帝国の時代が終わると、日本は復興のために都市に多くの若者を呼びよせた。

これを「集団就職」と呼ぶ

この当時中学校を卒業した15歳の若者が田舎の街から東京の工場に大量に集められることで、子供たちは「田舎の伝統的風習」から解放されることになった。

村では自分で恋人を探すこともできず、伝統に逆らったら制裁が待っていたが東京や大阪に出てくれば全てが自由だ。そして職場の工場には女性社員と男性社員が一緒に働く環境もあった。

こうして恋愛が生まれる環境が整ったのである

想うひとには嫁がれず
想わぬひとの言うまま気まま
悲しさこらえ笑顔をみせて
散るもいじらし初恋の花

1955年にヒットした島倉千代子の「この世の花」では恋に落ちた人と結婚できず親が決めた相手と結婚することになった女性の悲しみが歌われているが、これは逆に言えば恋愛が徐々に一般的になってきていたことを示している。

さらに恋愛ブームは10年後の1965年になるとさらに発展していく。

愛していると言ったら負けで
愛していないと言ったら嘘で
どうにもならず蹴とばす小石

この歌には「愛している」というフレーズがあるがこれは1945年以前であれば非常にふしだらだと考えられていたに違いない。しかしそれが映画のテーマソングに利用されるということは恋愛が徐々に自由になってきていることを示している。

戦争以前の伝統的な時代と比べて20年たったことによって自由に恋愛に関する歌を歌うことが出来るようになっているのは日本の社会に変化があったからだ。常に恋愛の文化も社会の構造の変化によって変わることを表している。

1965-1980 カップル同棲の時代

1965年までのヒット曲には恋愛に関する言葉は歌詞に含まれていたが直接的な性的表現は少なかった。しかし、1970年代に入るとそれも普通になっていく。

これは1970年からカップルが結婚前に同棲することを望む人が増えてきたからだ。この頃の男性大学生のための雑誌(当時大学生であることはエリートの証であったため、進歩的な若者が多かったと思われる)で行われたアンケートによると男性73%、女性39%が婚前交渉は婚約されていれば問題ないと考えていた。

つまり進歩的な若者たちは徐々に結婚前に性交渉に及んだり、同棲することも許されると考えるように変わってきていたのである。

事実1973年には大ヒット映画「神田川」が公開され、同棲をして東京にくらしている若いカップルの話を当時の若者はこぞって見に行った。

しかしながらこの映画のストーリーは非常に暗い。貧乏の若者二人が恋のためだけに東京で暮らし始めるが、結婚も決められず最後は彼女が妊娠してしまい、貧しさから堕胎を選ばざる負えなくなるというものだ。

この映画のストーリーが暗いのは恐らく「同棲」という文化がまだ社会で完全に認められていなかったからだろう。あくまでもこの時代同棲とは憧れではあったが身近なことではなかったのだ。

また逢う日まで
逢える時まで
別れのそのわけは
話したくない

なぜかさみしいだけ
なぜかむなしいだけ
互いに傷つき
すべてをなくすから

ふたりでドアをしめて
ふたりで名前消して
その時心は何かを話すだろう

尾崎紀世彦の「また逢う日まで」は1972年の大ヒット曲だが、この歌も同棲していたカップルが分かれる様を歌っている。

さて、ここまでの時代を生きてきたのは大体今70‐80歳の日本人達である。確かに日本はジェンダーギャップの観点においては今遅れているのは事実だが、全く変わっていないかと言えばうそだということがこの記事からわかっただろう。

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日本は徐々に、しかし確かに変わっているのだ。ただしその変化のスピードが他国と比べて遅いためジェンダーギャップのランキングは簡単に改善しない。

もしあなたが日本のジェンダーギャップに課題を感じているとすればこの問題は10年ごとに変わっていく問題だと理解してほしい。明日か明後日に変わる話ではないのだ。

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