生活

子供が不良で困る?最恐の高校に入れませんか?:ようこそ!日生学園へ!

calm black man behind metal bars

 この世には生まれてきたことを後悔するような苦痛というものが存在する。しかし15歳でそれを体験できるとしたらこの「日生学園」を除いて他には存在しない。「この世の地獄」、「軍隊よりも軍隊」、「あんた悪いことこれ以上するなら日生学園に送るよ」と言われた伝説の高校が35年ほど前この国には存在していた。さぁ今日は日本高校史上最恐と呼ばれたこの高校を知ろうではないか。

軍隊よりも軍隊

 この高校を私の口から説明することは手ぬるい。あれを経験していない私の口から発された情報では全くもって現実に即したあの学園の姿を理解することはできないだろう。そのため今日はこのビデオを用意した。2分の短い動画なので見ればすぐにわかるはずだ。

 彼らは朝4:00に起きる。そして大声で点呼を行った後は1時間ひたすら掃除を叫びながら続ける。これは心を鍛える修行であると考えられており、ぬるま湯に浸かってきた学生の精神を鍛えなおす。

しかし、自衛隊の起床時間だって6:00である。これが軍隊より軍隊と言われる理由だ。

ちなみに掃除の際は床を掃除する時はぞうきんを使うが、

トイレ掃除の時は手を使って磨く

 これぞ魂を極限まで高める「日生学園式鍛錬術」だ。もはや30年前なのか第二次世界大戦前なのかわからないがおそらく北朝鮮に持っていったら喜ばれることだろう。

 掃除が終わったら寮から学校に行くが、

行進&旗をもって走る

日生学園第二高等学校 - YouTube

 日生学園の学生に歩くという概念はない。移動とは即ち走ることである。彼らは朝の掃除によって研ぎ澄まされた精神のまま学校へと向かい勉学に励む。

もちろん学校でも寮でも私語は厳禁である。

 驚きなのはもはや刑務所よりも厳しいのにこれが普通の高校だということである。決して少年院ではない。いや、本当に少年院だったらどれだけよかったことか。。。なぜなら地獄のようなしごきがないからだ。

地獄の寮生活

woman in white long sleeve shirt sitting beside woman in red shirt
Photo by cottonbro on Pexels.com

 寮生活というとこんな光景を想像しただろうか?違う、それはシャバの話であって、日生学園ではこうだ。

日生学園 世の光と生きよ 前編 - YouTube

日生学園の寮では「社会の秩序」を学ぶために徹底したしごきが学生たちを待っている。この学校の世界において1年生は虫2年生は人間、そして3年生は神である。虫が人間に何か言おうものなら徹底的に殴られる。しかし、悲しき性かな、2年生も何かすれば3年生に殴られ、3年生は先生にしばかれる。こうして暴力教育によって彼らは従うことを覚えていく。

もう逃げたくなってきただろうか?逃げてもいいが、一つ言っておかなければいけない。

彼らはあなたを追ってくるぞ?

photo of people running on sidewalk
Photo by Betty Curac on Pexels.com

脱獄そして・・・

この学校はどう考えても地獄だが、逃げればもっとつらい地獄が待っている。逃げた人間は追われるのだ。そもそも学校が山の上にあり、逃げるためには周到な逃亡計画が必要になる。もし、学校から逃げれたとしても地域住民が監視しており、見つかった瞬間連絡されてしまうので最寄駅から電車で逃走することは不可能だ。本気で逃げたいなら山を越えて別の駅から逃走するしかない。

プリズン・ブレイク - 海外ドラマ 映画.com

ちなみに私は今プリズンブレイクの話をしているわけではない

日生学園の話をしているのだ。

 さて、無事に親元まで逃げれたとしようあなたは親にすがりついてこう頼むだろう「あぁお母さんごめんなさい。僕あの学校にいたら殺されちゃうよ」と。しかし、多くの場合両親はあなたがコントロールできない悪ガキだから学園にぶち込んでいるわけで学校側とグルになっていると見たほうがいい。

 実際最後は親元に帰ると知っている先生は最初から実家で脱走を待っているのが普通で、悪い場合だと両親の前で

お前が学校に帰るというまで私は殴ることを辞めない」と言われる。

フルメタル・ジャケット』に見る戦争における人間の矛盾した二面性 - 名もなき映画日記

事実有名タレントは実家で先生に殴られ、5発目で

帰ります

と言ってしまい、無事?学校へ帰っていった。ちなみにあなたが学校に帰るその日まで、あなたの同級生たちは体育館で正座したまま待たせられている。あぁこれぞ連帯責任

地獄の果てに

1985年、突如この学校の地獄は終わりを告げた。あまりにもきつすぎるしごきに自殺者や不審死を遂げた学生が頻出し、ついに週刊誌にイカれた学園生活がすっぱ抜かれたのである。

これは国家レベルの大問題になり、国会議員に詰問される事態にまで発展、ついに学園は我々が知っている一般的な学校へと変わることを余儀なくされた。折しもイカれたミニ北朝鮮を作り上げた校長もこの後死去したことによって学校はまともな姿を取り戻し、現在では一般的な学校に生まれ変わっている。

しかし、驚くべきことは経済発展著しかった1980年代の日本のモラルの低さだ。この学校はかなり極端な例だが、脱走した学生を報告する近隣住民がいたことは驚きに絶えない。

だが、少し考えてみればバブル経済の時代の日本人の働き方は常軌を逸していた。毎日2‐3時まで働いてそのあとバーで気絶するまで酒を飲む生活が文化的なはずがない。そう考えると、日本が急激に豊かになった裏でどこか社会にひずみがあったように思えてならない。この学校はそんな日本の栄光の影のような存在に私は思うのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です