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名前がよく変わる日本人達

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 日本史の授業のために勉強をする時、日本人が面倒くさいと思うのが歴史上の有名人の名前を暗記することです。徳川家康、徳川秀忠、徳川家光…似たような名前が続くので誰が誰だかわからないという嘆く学生が後を絶ちません。しかし、実はさらに面倒くさい文化が昔の日本にはありました。

名前が何度も変わるんです。

 どうして同じ人の名前がこんなに何回も変わってしまうのか不思議ですよね?はい、それでは今日はこの日本人の不思議な文化について勉強しましょう。

庶民は名前は変わらない

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 初めにこの名前が変わる文化ですが現在の日本では既にすたれてしまっています。だってそうでしょう想像してみてください。毎回名前が変わったら役所への登録や戸籍の変更が非常に大変です。しかも、この文化はあくまでも支配層であった侍の文化で、庶民には関係のないことでした。

それどころか庶民には名字もなかったのです。

 ではどうやって名前を呼んでいたかというと基本的には

「村の名前」+名前

とか

「仕事」+名前

 という感じで自分の所属する組織+名前という呼び方をされていました。例えば「四葉村の権兵衛」とか「鍛冶屋の伝兵衛」とかですね。でもこの名前の呼び方はヨーロッパにも似たものが存在していました。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチは「ヴィンチ村出身のレオナルド」という意味なのでこれは日本の庶民の名前の呼び方と似ていると思います。

 では侍達はどのように名前が変わったのでしょうか?

幼名:子供のための名前

 よく新しく男の子が生まれた場合、かわいい名前を男の子につけようとして夫婦がケンカするという話があります。でも当然でしょう?とてもかわいい赤ちゃんに男らしい名前を付けても将来筋骨隆々の大男になるなんてその時点では想像がつきません。でも侍にはこの問題はありませんでした。

 なぜなら子供のための名前を最初につけるからです。

 これを日本語では「幼名」といいます。実際に幼名はかわいらしいイメージの名前が多く、私たちにとっては子供をイメージさせるのが簡単です。また有名な一族では代々長男は同じ幼名を使うことで将来の跡継ぎであることを主張するという文化もあり、この幼名は非常に重要なものでした。

<有名な幼名一覧>

  • 徳川家 竹千代
  • 前田家 犬千代
  • 大内家 亀童丸

 自分の子供が12歳から16歳くらいに成長してくると、もうこの幼名ともお別れの時期がやってきます。成人の儀式である「元服」を行い大人のための名前を新しくつけるのです。

諱と通称:大人のための名前

 元服し大人になった子供には新しく本当の名前が与えられます。これを「諱(いみな)」と呼びます。例えば皆さんがよく知っている「徳川家康」の家康は諱になります。諱は基本的に侍であれば

家族の漢字を使っていることが多いです。

 実は徳川家康は何度もこの諱を変えていることで有名です。彼は最初元服した時の名前を「元信」と言いました。この元の漢字は当時自分が使えていた今川義元から名前をもらったものです。侍にとって主の漢字を使えることはとても名誉なことでした。その後、彼は今川義元の武将として戦いに参加し武功を立てたのでその名前を「元康」に変えることになります。この「康」は彼の祖父「清康」が持っていた名前で偉大な祖父の名前を名乗ってもいいかどうか今川義元に頼んだのでした。

 この清康は今川義元と対立していた人物だったため、当初義元は反対しますが、家康が非常に忠実な部下であることがわかると先祖の漢字を使うことも許しました。一族で同じ漢字を使えることもまた名誉なことだというわけです。

 そして実は徳川家康は今川義元という武将が戦死したあと彼の息子を裏切って独立しています。その際にも名前を変えていて、これが「家康」なのです。これは自分の主君であった義元の「元」の漢字を捨てることによって自立したことをアピールしたいのです。名前だけでこんなに意味があるというのは面白いですよね。

 さてこの諱が大人の侍としての本当の名前になるのですが、当時諱を呼ぶことは滅多にありませんでした。

とても失礼なことだと考えられていたからです。

 日本には言葉には魔法の力があり、その人の名前を知ればその人を操れてしまうという考え方がありました。「千と千尋の神隠し」ではそのため千尋は名前を奪われていますよね?侍達も同じ伝統を持っていたので自分の本当の名前を教えないようにしていました。これを使うことができるのは主が家臣を呼ぶ場合か、両親だけでした。ではどうやってその時代の人々はその人を呼んだのでしょうか?

通称を使うのです。

 通称は簡単に言えばニックネームのようなものです。すべての武将は基本的にはこの通称を使ってお互いを呼びあっていました。例えば徳川家康なら彼の通称は次郎三郎です。このため歴史ドラマでよくあるシーンですが

「お久しぶりですな、竹千代…いや次郎三郎様」

 というセリフは幼名で呼び合っていた子供からの親友が大人になったの通称で呼ぶ=昔からの友人であることを示しています。昔の名前を知っているかどうかでその人の関係性を知ることができるのは日本文化の面白いポイントです。

 しかし、この通称も自分の主を呼ぶために使うには少し失礼です。そのため官職という仕事の役割名で呼ぶのも一般的でした。

官職名:仕事の役割名

 官職名というには簡単に言えばその侍が行っている役職名だと思ってください。

つまり「CEO」みたいなものです。

 この官職に関しては様々な種類があり、歴史を大学で勉強した日本人でなければほとんど知らないのですが例えば徳川家康は天皇から「内大臣」という役職を与えられていたので「内府様」と呼ばれるのが普通でした。ほとんどの部下は家康が非常に強力な武将になるとこの官職で呼んでいたわけです。あなたも自分の上司には「ディレクター」などと役職で呼ぶと思うのでこの文化は理解しやすいですよね?

名前は文化である

 このように日本人の名前というのはその人の立場や状態によって常に変化するものでした。つまり、日本人は他人にどのように評価されているかを非常に気にしていると考えてもいいかもしれません。これはまさに個人よりも先に社会に対して注目する東アジアの伝統のように感じられます。名前の文化を一つ見ても西洋の社会と東洋の社会はこのように違うのですからまだまだ学ぶことは多いと思いますよね?これからも様々な伝統文化についてシェアしていきますので興味があったら是非見てください!それでは!

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