日本の歴史

日本の天皇は独裁者ではなかった

第二次世界大戦における悪の独裁者は誰だったのか、この質問において多くの外国人は昭和天皇が独裁者だと思っています。確かにあの恐ろしい戦争を始めることに決めたのは天皇陛下ですが、実際には彼は帝国軍の操り人形であり何も決めることができませんでした。しかもほぼ1000年以上の間天皇には具体的な権力がありませんでした。これは他の国の人にとってはとても不思議ではないでしょうか?今日はそんな日本の本当の歴史を勉強してみましょう。

天皇が権力を失った時

第二次世界大戦で多くの日本兵が「天皇万歳」という言葉と一緒に戦死したために天皇陛下が非常に強い権力を持っていたと想像しています。しかし、それは典型的な日本の建前に騙されていると言えます。実のところ我々は天皇陛下に権力がないことに気が付いていました。にもかかわらずなぜ神のように扱っていたのでしょうか?それは軍部が日本を支配していたからです。彼らの決めたことに反論すると殺されるので怖くて何も言えなかったのです。

歴史的にも日本の本当の支配者はいつも侍達でした。彼らは普通の日本人を黙らせるだけの暴力を保持していましたが、権威というものは持ち合わせていませんでした。そのため天皇陛下を操り、天皇の名前のもとに自らの政治を行ったのです。

この習慣は鎌倉(1185-1333)の時にすでに始まりました、源頼朝は平氏一族と戦い日本を支配する大きな力を得ましたが、彼の領地は東京の近くの鎌倉と関東であったため京都のような伝統的な首都圏を支配することはできなかったのです。また人々は成金勢力の源氏の家臣にはなりたくなかったので源氏は天皇の将軍になることで、自らの政策は天皇の政策であるとアピールし、国を統治することに決めました。こうされてしまうと貴族は沈黙せざるおえません。そのため、皇帝は神聖で無力な人々だったのです。

歴史上もっとも貧乏な天皇

このような武士の時代とは即ち暴力の世界でした。強いものが弱い者の領地を盗み、弱いものは消えていく時代では権威しかない天皇に居場所はありません。そのためこの後土御門天皇は天皇の長い歴史の中で最も貧乏な天皇になりました。

武士たちが毎日京都の町を略奪する中、彼は宮殿から逃げ出し貴族の家のを転々と放浪するしかなかったのです。最後は貴族も彼を見捨てて、彼は学校を作って子供に勉強を教えたり、名前を新しくつける仕事をしていました。誰もが戦争で忙しく天皇のことなど覚えていなかったのです。ここまでになるとさすがにかわいそうです。

事実後土御門天皇はこのことをとても気にしていたようで、常に自分は天皇を辞めたい辞めたいと周りに愚痴り、落ち込んでいるのが普通でした。哀愁が漂います。

これらの事実を考えると歴史的に天皇を絶対視していた時代の方が短いということがわかります。そしてこの歴史を知れば我々が建前として彼らを尊敬していたということがわかるでしょう。日本の文化は非常にあいまいです。本当に理解したいなら歴史書をしっかり読む必要がありますね!

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