日本の歴史

江戸時代のサラリーマン『侍』の生活①:単身赴任の侍

侍、それは代表的な日本文化だ。戦場で「刀」をもって勇敢に戦う、そんなイメージを日本人も外国人も持っていると思う。

それは幻想だ。江戸時代の侍はサラリーマンだった。

確かに、戦場で命を懸ける男たちはいた。特に1600年以前の武士は戦争で功績を立てて領地を得ることが人生の目的だったのだが、この後300年間の侍の歴史は平和な時代を生きる、刀を持ったサラリーマンでしかなかった。そのため彼らの生活を見ていくとまるで21世紀の忙しい日本人とそっくりだ。さぁ、江戸で生活する侍の一日を見てみよう。きっと共感できるはずだ。

参考図書はこの本である。ある侍の日記をもとに彼の生きた江戸の日常を説明している。

平和の時代を生きる侍

1860年日本は戦争のない平和な時代を既に200年ほど経験し、みんなのんびり生活していた。しかし、1853年アメリカが突如日本にやってきて貿易を始めるように脅しをかけてきた。一部の過激派の侍は外国人を殺せとテロ活動や暗殺に動き始め当時の総理大臣のような「大老」井伊直弼まで暗殺された。そんなこれから始まる混乱の時代の少し前、ある男が江戸にやってきた。その男の名前は「酒井伴四郎彰常」、この記事の主人公である。

https://rekishi-den.com/edo/69/

さて時代も時代である。この男は何か密命を帯びて政治の中心である江戸にやってきたのなら今頃ドラマの主人公になっただろう。しかし、彼ほど普通の男はいない。当時彼が働いていた和歌山藩から江戸へ殿様と一緒に参勤交代するように言われたので妻と子供と別れて単身赴任してきたサラリーマンのような男であった。

そのためストイックな戦士といったイメージや戦争で命を懸ける英雄のような行動を彼は全くしていない。江戸についてからというもの大都市生活に興味津々で、お寺を観光したり、レストランで酔っぱらったり、劇場に出かけたりして都会の生活をエンジョイしていた。また大して出世もしていない男なので、几帳面な彼は日々の出費と何をしたかをを日記にしたためてた。今回私が読んだのはこの彼の愚痴&小遣い日記というわけである。そこには現代と変わらない実にのんびりした毎日が繰り広げられていた。

さて、彼の日記の内容を具体的に紹介する前に彼は何故江戸に来たか、そしてその時の日本の社会について紹介しよう。

国際都市江戸

そもそもこの時代の日本は一つの国ではなかった。まるでEUのように小さな国に分かれていて、約300の領主がそれぞれの土地を支配していたのだ。基本的に別の領主が支配する地域を移動するためには「手形」というパスポートのようなものを持っていないと捕まってしまう時代だった。そのため別の領地の人間が結婚するというのは非常に珍しく言葉もとても異なっていた。事実江戸時代の後の明治時代では新しい共通語「日本語」を作っている。そう、私が話している日本語は実は非常に新しい言葉である。

さてそのような社会で日本を支配していたのが徳川家である。徳川家は江戸を中心に日本中の領主を間接的に統治しており、領主は徳川家から土地を与えられることで支配権の正当性を保っていた。そのため常に徳川家に忠誠を誓う必要があり、それを証明するために一年ごとに自分の領地から江戸に引っ越すという生活を送っていた。

つまり江戸とは

独り身大国」江戸と現代の知られざる共通点 | ソロモンの時代―結婚しない人々の実像― | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

今のワシントンDCのような街だったのだ

江戸にはこの大名達の大使館があり「藩邸」と呼ばれた。大使館関係者達はこの大使館の中にあるレジデンスに住むことが決まっていた。酒井も和歌山からやってきた外国人のような者なので当然ここに住んでいた。ちなみに彼が使えていた大名は徳川家の親戚で御三家の紀伊徳川藩である。領地の大きさは第五位であるので世界各国のGDPと比べてみると現在のイギリスやフランスのような大国だった。今も同じだが大国の大使館は大きく、小国の大使館は小さい。彼が住んでいたのは超巨大な大使館の中の宿舎である。彼が暮らしていた町の雰囲気となぜ彼が江戸にやってきたかはわかってきただろう。

駆け出しスタイリスト

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さて、そんな有名な大名の侍だった酒井だが彼はどんな仕事をしていただろうか?東京に来た時彼は28歳。嫁と子供を和歌山において単身赴任してきたのだが、仕事内容は大名のスタイリストだった。様々な儀式や外交行事のために着物を用意して恥をかかないようにするのである。彼はそのスタイリストグループの駆け出しでこの時はスタイリストの先生でもあるおじさんと一緒に江戸にやってきた。

東京に住んでいる外国人のスタイリストは今でもいる。そう考えるとあなたもなんだか彼に共感できるのではないだろうか?ちなみにスタイリストといっても当時の武士のファッションは権力の象徴で簡単に言うと「かっこよかった」。そのため仕事の中には呉服屋(和服を売っているお店)に和服の着方のレクチャーもしていたらしい。今でいうとエルメスと最新のファッションについて会議をしているようなものだ。

https://www.2ndstreet.jp/knowbrand/feature/hermes/

さて、彼の境遇と江戸の町の状況がわかってきたタイミングで次回は彼が実際に書いた日記の内容を見ていこう。案外東京に住み始めたばかりの外国人と同じような場所に行って同じようなことをしているのでこれを読んだらきっと面白いと思うはずだ。

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