日本の歴史

江戸時代のサラリーマン『侍』の生活②:世間は戦争が近づくけど本人は観光をエンジョイ!お気楽上京侍

前回こちらの記事で紹介したが、1860年ある侍が江戸にやってきた。その男の名前は「酒井伴四郎」、貧乏なスタイリストの仕事をしている侍である。時代は江戸時代末期、これから日本を統一し近代化するための戦争が始まろうとしているのだがこの男には政治の話はどこ吹く風である。そんなのんびり生活している彼に生活を日記を見ながら観察していこう。もしかすると自分と同じだと思うかもしれない。

5月29日 江戸に到着する

朝8時頃江戸に到着した。早速袴(正装のこと)に着替えて挨拶を終えたら、生活に必要なものを買いに行った。帰りに腹が減ったのでそばを食べて帰る。

酒井は決して金がある侍ではないし、地位も偉くはない。普通の貧乏侍である。そのため料理や洗濯も全部自分で行わなければならず、江戸の町に到着したら早速町で買い物している。自分もイタリアに留学した時最初に鍋や食材を買いに行っているので同じことをしているなぁと思う次第である。

さてここで彼はそばを食べているが、これはそば粉で出来た麺のことである。当時は江戸のファストフードでそばを食べることはマクドナルドでハンバーガーを買うようなものであった。その当時の貨幣を現在の金額にすると約400円くらいだったというが、実はこの金額は今も変わっていない。

さて、この藩邸には長く江戸に駐在していた医者の江戸生活マニュアル本がおいてあったらしくその名も「江戸自慢」である。これはどこのそばがおいしいかとかどんな風に注文すればいいかなど書いてあり、ガイドブックのような役目をしていたようだ。どうやら江戸に来たばかりの武士たちは田舎者だと思われないようにこの本を読んでから外出していたらしい。都会にやってきたばかりで緊張している侍達の様子が想像できる。

そばを食べている男

9月20日 浅草に観光に行く

さて、向島あたりの茶屋や料理屋の先にある別荘はとてもおしゃれでうらやましい。自分もお金があったらあんな家を買うのに。とりあえずお茶を呑んで、桜餅を食べたら浅草観音にお参りに行った。

酒井はあまり仕事がなかった。どうやら一ヵ月に10日くらいしか働いていない。そんなわけで暇な時は観光に出かけているようである。しかも彼が遊びに行っているのは浅草だ。本当に今の観光客とあまり変わらない。

浅草はこの頃江戸で最も大きな繁華街だった。レストランや劇場があり珍しい生き物を見せる見世物小屋もあった。まぁしかし詐欺のような店もあり、「オオイタチ」を見せると言われて中に入ると大きな板に血が付いた「大板血」があったという話もあったという。詐欺師はいつの時代もいるものである。また彼が金持ちの別荘を見ながら羨ましがっているのもなんとも人間らしい。そこにストイックな武士の姿はない。普通のサラリーマンのようだ。

10月26日 同居人に魚を食べられる

今日は10時くらいまで居酒屋で酒を飲んで楽しかった。歌いながら帰ってくると「夜遅くに歌を歌って帰ってくるとは何事だ!近所に迷惑だろうが」とおじさんに怒られた。ところで、帰ってみると私の魚がない。どうやら同居人の直助と民助が食べたようだ。ふざけるなあれは私の魚だ!

この男、どうにもこうにも仕事がない男である。繰り返すがどの月も10日くらいしか働いていない。そのため給料は少ないが時間は多いようで、家でもよく自炊をしている。ところがこの日は久しぶりにレストランで夕食を食べて帰ってきたらおじさんに怒られたようである。しかも同居人に魚も食べられて全くついていない。このような経験はシェアハウスに住んでいた人ならだれにでもあるのではないだろうか?時代が変わっても人間は変わらないものである。

このように彼の生活は非常にのんびりしたもので一年半の生活を観光したりしながら過ごして終わっている。まるでワーキングホリデーに来ていた外国人のような毎日だったのだろう。ところで、彼の人生には後日談がある。

彼は帰国後従軍して戦争に参加しているのだ

戦争を知らない侍の戦争とその後

1865年ついに彼の人生にも戦争が近づいてくる。すでに徳川家は弱体化したと考えた長州藩は戦争を開始し、酒井の所属している紀州徳川藩も出兵することになったのだ。この頃突如多くの金持ちの武士が隠居を申し出ていると彼は日記で書いている。これは戦争逃れのためだろう。しかし貧乏な侍である酒井は仕事を辞めるわけにはいかない。出征の前日、一人酒を飲んで不安を感じていると日記に書いている。

戦争は激戦になった。今までスタイリストの仕事しかしたことがなかった彼も銃弾が飛び交う中を戦い、テロ活動で戦争に慣れている長州藩の武士と戦うことになった。地獄のような戦場で「幸運のために生き残れた」と書いていた彼はどうにか停戦まで生き残り母国和歌山に帰国できている。その後男児を授かり幸せに暮らしたという。

どうだっただろか。平和な時代と戦争の時代を生きたこの侍の人生はあなたの人生と全く異なるものだっただろうか?コロナウィルスで混乱が広がる今、私達とどこか重なるところがあるかもしれない。侍だったが、彼も一人の人間だったということだ。このような本当の侍の人生を理解すればもっと日本のことが面白いと思うだろう。あなたはこの侍に共感しただろうか?コメントで教えてほしい。

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